ベルンハルト短篇集 ふちなし帽

ベルンハルト短篇集 ふちなし帽

私は三年まえ、晩の八時ごろヤウレクに到着した。期待して当然だったと思うが、期待は満たされず、逆に私の立場は、ヤウレクの地に足を踏み入れた瞬間から悪化する一方だった。私が都会から逃げ出した理由の一つは、人間が不気味にあふれている点にあったろう。そうだと私は身体中枢・神経中枢が無防備なため、また感覚能力が欠けているため、すぐ窒息しそうになったから。毎日朝方めざめながら、きょうも百七十万人に押しひしがれて日課をこなさねばならないのか、と思うと、ほとんど死にそうな気がしたのだ。そんなわけで私は、都会を捨てると同時に、叔父であるヤウレクの旦那の申し出に応じ、彼が経営する採石場の管理部に入ろう、という突然の決心を、自分の展開にとってプラスの転機ととらえた。ところがいまわかったとおり、田舎の情況は都会の情況よりもずっと鬱陶しく、私みたいな人間にとっては、ヤウレクの採石場にいる四百人のほうが都会にいる百七十万人よりも、ずっと重たく頭にのしかかる重荷となっている。… (「ヤウレク」)

 私たちが生きている世界は(すくなくとも私の生きているそれは)多かれ少なかれ言論統制下にある。ような気がするから、この徹底したブラックな世界観、延々と続くおしゃべりのおしゃべり、不意の中断にはこんなに開放感がある。狂気に無限大に接近しながら気のせいと笑いながら、我々も隠すあてのない帽子を頭に戴いて耳を傾けましょうぞ!