それほど印象的な文章でもないが観に行くつもりの方は読まないほうがよい。

映画『クリムト』を観る。病院の白と水音、鏡が割れると金と赤にワルツ。混じり合う断片、渦巻きとアラベスク。《ベートーヴェン・フリーズ》を観ているようだった。山場みたいなのがなく、ストーリー展開がわかりにくい。女達の着物風の艶やかな室内着は必ず右前に羽織られ(西洋の感覚からするとそっちのほうが自然なのか)、光琳の屏風、黒猫、クリスタルのデキャンタ、オペラグラス、四段五段のバタークリームケーキ、これでもかと装飾に詰め寄られる閉塞感こそ世紀末の気分なのかしら。金箔が乱れ飛ぶ。あなたの子供がまた生まれるのよ。
 観終わっての印象としては、クリムトの存在感があまり感じられなかったこと。マルコヴィッチは私の妄想のクリムト像とはかなり違っていたが、悲しいかな、それすら気にならなかった。絵と女達と室内装飾と音楽で十分。この一種の浮遊感も世紀末気分といってしまうのか。
 上の図版は Mark Harden's Artchive - "Gustav Klimt"から頂戴した。代表作が結構ちゃんと綺麗に見られる。