ひとの部屋にある本を勝手に読んでしまう悪癖がある。マルガレットのお家では好きに読んでいいと言われているのだけど。午睡で皆がいない時間にテーブルの下に積んであった内のアナ何とかいう人の短編集から冒頭の一作。読みやすくて、ハーレクインとまで行かなくても林真理子というか、何かその辺にごろごろしてそうな、私でも書けそうなお話と思ったけど、眠かったからかしら?
 サンジェルマン大通りで、ふと目があって気に入った人に、巧みにナンパさせるところから始まる。プライドが高くて邪魔にならない程度の教養もあって妄想狂、嫌な女の語り口(という評価をするのは私がまさに自意識過剰で生意気な奴だからに他ならない)。レストランでなくてちょっと感じのいいビストロで、とびきりのワインに、ワインを損ねないごく繊細な料理、カシスのアイスクリーム。彼はグレーのカシミヤの着慣れた感じの、つまり真新しいのではなく、お母様が何年か前にくれたのを着ているようなタートルで、ふたりは楽しく会話を進める。自分の事を決して話さないのを不自然と感じさせない仕方で。途中男の携帯が鳴ったのを除いて(男は勿論無視しなければならない)さしたる困難もなく食べ終わり、コーヒーの時には彼はこっちのソファーに移ってくる。だからレストランじゃなくてビストロ。ここまでくれば上手くいきそうなものだが、最後、男がコートを着せてやる時に大きな失敗をしでかし、女は怒りに燃えつつタクシーを駆って帰ってしまいます。何をしたかというと、後ろから女の肩に黒いコートをかけながら、ほんの半秒、内ポッケの中の携帯の液晶で先の電話の相手を確かめるのだ。
 相手が自分の事しか見えなくなってるべきというのも根拠のない期待だけど、それにしても、こういうのは見えてしまうだろうし、腹も立とう。女の方が、お勘定あたりでさっとトイレにでも立ってあげたらどうかとも思うけど、これもレストランでなくビストロというのが利いてるのかしらん。