海外暮らしにはトラブルはつきもの、その解決に至るまでの数々の摩擦は異文化体験の宝庫である。私も幾度聞かされてきたことか、鍵が開かない、閉まらない、水が出ない、水が流れない、ネットが止まる、電気が止まる、水漏れ、漏電、テントウムシの大量発生、蚊の大量発生、蛾の以下同。その後は管理人さんに電話して即繋がれば吉兆、当日のうちにテクニシャンに来てもらえたら僥倖だが、何度もアポを取りなおしたり催促の電話をかけなければならないこともしばしばだ。そして、実はこんな美味しいネタはあまり、ない。
 引っ越して間もなくそれは私にも訪れた。シャワーの温水が止まってしまったのだ。ひょっとしてこれはあれかしら、一丁前の「水回りトラブル」?幸い洗面台のお湯が何故か順調なので、ボウルを使ってやりくりしながら一応お風呂を済ませる。翌朝管理人さんに電話して、すったもんだあった後にその次の日の夕方に修理屋さんが来てくれることに。ちなみに修理屋さん(ポンピエ、と呼ばれてるけど消防士とは違う、なんでも屋さん)の予定を管理しているらしい秘書さんの声は落ち着いて深みがあって素晴らしい。苗字を覚えるのが面倒なのか「マドモワゼル・アミ」と呼ばれるのだが、彼女の声で「その種の職業の女性」のような呼び方をされるとなんだかどきまぎしてしまう、というのは置いておいて。
 あとはなんとかなるだろう!と思ったら気分が軽くなり、役立たずのシャワーキューブはちょっとしたネタに変身する。ほとんど嬉々として、お湯の出ないシャワーとその顛末を話していたら、ある時、それを上回るつわものが登場した。「そういえば、最近家の中がニンニク臭くって…」と引っ越してきたばかりのとある青年。ええ、それは深刻そうだけど、何故?と話を聞くと、料理を良くするようになってからニンニクの美味しさにはまって、しばしばオリーヴオイルでニンニクのかけらをそのまま炒めて食べていたとのこと。お好み屋さんでアテに頼むあれみたいな感じなんだろうな。ナイフを入れずに焼くと、中がほくほくとおいもの様な食感になる。それは美味しかろう。お酒にも合う。っていうか、そんなん度々やってたら家の中ニンニク臭くなるでしょう。でも、なんでまたいきなりこんな話を?と聞くと「いや、家のトラブルってなんかあったかなーと思って、そういえばって思いついたから」とのこと。まあそんなに頑張って発生させるものでもないですが、トラブルは静かなる研究生活への一つまみのスパイスであります。