更新滞りがちですが、元気で…というよりはまあ喉奥に巣食ったたちの悪い悪霊のような風邪の残骸をなだめすかしながら、せっせと学問に励んだり励み損ねたりしております。
 日本では去年夏に公開されていた「コクリコ坂から」がパリでは今週公開だったので観に行ったら、思いのほか胸キュンものでやられた。人間の動きを中心に視覚的に物足りなかったり音楽があざとかったりはしたけれど、ゲド戦記のがっかりに比較すると数段満足したし、京大の学生集会所を髣髴とさせる「カルチェラタン」も楽しかった。オデオンの22時の回で客の入りは20人ばかりでしたが。
 昨夜、少し残ったトマトの水煮缶を、皿に移し替えてラップをしたところで冷蔵庫に入れ忘れていたのを、スープにでもしよっか、とみたら、一面、プラチナの精妙な針のようなもので覆われていた。『森は生きている』の最後に、主人公の女の子が受け取るミンクの毛皮もかくやと思うくらい美しい。この見事な細工を織りあげる微生物のパワーを想像した瞬間鳥肌がたったので、間髪入れずに二重に袋で封印して地階のゴミステーションにまで降りて投げた。写真を撮っておけばよかったと後悔するも後の祭り。そんなこんなで反省会をして、冷蔵庫の整理を企てたところ、イタリアの葉っぱの賞味期限が迫っているので本日昼食の主役に抜擢したところだ。
 このイタリアの葉っぱ、フランス語ではRoquette(ロケット)と呼ばれている。形状は水菜によく似ているが、クレソンをさらに強烈にしたような独特の苦みがある。
 思えば、大学三年になる春、初めてパリに二週間滞在した時、ホームステイ先のイタリア系の家庭では、毎晩「サラダ」と称して付け合わせにこの袋から取り出した葉っぱが出てきていた。各自皿の上でオリーヴオイルと塩をかけて食べるのだが、乾いてぱさぱさしているし、苦いし、フルーティなオリーヴオイルと合わさると味と香りが複雑で、他の料理がおいしかっただけに、何故こんな変なものを毎日食べるのだろうと不思議に思いながら、でも律儀に毎晩食べていたものである。
 そのことはずっと忘れていたのだが、前回の留学の終わりにイタリア旅行で、ローマのバルベリーニ宮近くのお洒落なデリ屋さんで、モッツァレラと生ハムのサンドイッチを買って食べたときに、オリーヴオイルと合わさった時の強烈な味と香りが口の中に蘇って「これだー!!」っと思い出したの。その時は思い出しただけで日本に帰ってしまったので、しばらくお預けだったのだが、今回はパリに来て程なくしてこの葉っぱが「ロケット」として袋に入って売られているのを発見して以来、ちょくちょく買ってはつまんでいる。
 食べ方としては、オリーヴオイルと塩だけでもいいのだが、バルサミコとかで甘みを加えるともっといい。トマトと生ハムは言うまでもなく合うし、チーズは、モッツァレラでなくても、あまりこってりしていないもののほうがよいと思う。パン屋ではブリーというカマンベールの大判みたいなチーズと一緒にサンドイッチにしたものをよく見るが、自分で作る時には、カマンベールとこの葉っぱを一杯詰める時には、片面に苺とかベリー系のジャムを塗ると殊のほか美味しいのでお試しあれ。
 今日の昼食は、ちょっと反則なくらい簡単なのだけど、パスタを完璧な固さに茹でて、塩、バター、醤油を絡めて黒コショウをたっぷり、それに好きなだけこの葉っぱを混ぜて頂く。馬鹿にする前に食べてごらんなさい、本当に美味しいから。但し、冷めたり伸びたりしないうちに一瞬で食べること。ここからは想像だけど、このバターを半分くらい美味しいオリーヴオイルに替えて、細めのパスタで量を少なめに作って隣に生ハムでもべろっと載せたら、冷えた白ワインとぴったりな素敵なプリモピアットになるんじゃないかしら。