映画祭は土曜に終了。表彰式で、観た作品がグランプリを始め上位に入って満足(そりゃあれだけ観れば賞にも入ろうが…)。
 国際コンペのグランプリはReto Caffi監督AUF DER STRECKE*1
 監視カメラのなかの、本屋で働く女の映像から始まる。主人公は風貌は冴えないが善良で優秀なデパートの警備員、同じデパートの書籍売り場の店員(黒髪にグレーの目、鼻筋の通った北方系のいかにも知的で堅実な印象の美人)に恋心を抱き、監視カメラで見守ったり、彼女が棚卸しの時には終わる頃合を見計らって地下鉄の同じ車両にのるというささやかなストーカー行為をしたりしている。ある時、電車に彼女が別の男と一緒に乗り込んでくる。二人の馴れ馴れしい様子に主人公ロルフは失望するんだけど、この二人があっという間に仲たがいを始め、彼女は電車を降りてしまう。ロルフ一時にんまり。ところが同じ車両に乗っていた中学くらいの悪がきたちが振られた男を面白がってからかい、それが見る間にエスカレートしていき、車両の他の市民達はそそくさと逃げる、ロルフは、警備員してるくらいで悪がきの扱いは慣れたもんだけど、ここで彼を見捨てて列車を降りてしまう。で、次の日にサラの「弟」が地下鉄で殺されたと聞く。ここからが見事で、他愛のないことに腹を立てて弟を見殺しにしたことに苦しむサラは、煩わしく同情してくる周りの人間から離れ、以前は挨拶もそこそこだった警備員になんとなく心を開くようになっていく。彼女を含め周りの誰もロルフがその車両にいたことすら知らない状況で、ロルフは自分のしたことを告白することも出来ず、その場しのぎの言葉で慰める以外サラの信頼に応えられるものを持たない。話の救いのない展開に反して、前半が蛍光灯の青白い光の緑っぽい映像だったのに対し温かい感じの画面になってくるのが余計に圧迫を感じさせる。ある日、いつものようにロルフが監視カメラでサラを追っている。本棚の整理をしている彼女の横顔が、ふと振り返って、ややたって視線でカメラを捉える。
 筋立てが特に凝っているわけでもないが、緻密に丁寧に錬られていて、終わったときに会場全体がうっかりこの閉塞感に囚われていたことに気づいて改めて拍手する、という感じだった。他の賞には、もっとエキセントリックなキャラクターやプロットだったり実験的だったりするものが挙がっていたので、あー大賞ってのはこういうのが取るのね、ふむふむ、と何だか納得。
 一般審査員賞、つまり見た人の投票で選ばれたのはアイルランドのConor FergusonのThe Wensdays、水曜日の退屈に絶望し水曜日にだけ覚せい剤(かな、まあその種のもの)を嗜むことを習慣としていた老夫婦のお話で、一言一句、一場面一場面のあまりのしあわせっぷりに笑いが止まらなかった。魔法のお薬は結局取り上げられてしまうのだけど、「でも、やっぱり今日は水曜日じゃないか!」といって二人は手を取り合って階段を上って行く。一度かかった魔法は消えることはないのだ。

*1:フランス語では「良くない路線」と訳されていた。英語のon the lineと一緒で、重要な舞台である地下鉄の「路線上」と「危険な状態にある」イメージをかけているのかなー